現在も、被災沿岸部は「工事現場」の様相をみせています。幹線道路はダンプカーやミキサー車が砂埃を立てて往来し、対岸や海が見渡せたであろう港や道路沿いには巨大な防潮堤の建設が進み、新しい道路や宅地の工事が続いています。

津波の襲来後、被災海岸の自然は強く、美しく復活しつつありました。その景色は、ずっと昔、まだ、人の手が入らなかった頃の自然の姿に戻るかのようでした。時間の経過とともに海から陸へとつづく自然環境がとりもどされ、「エコトーン(水際)」が再生され、それが新たな震災後の復興の形ににもなるかもしれない、そう考える人たちもいました。
けれども、すすめられたのは沿岸の巨大防潮堤建設工事。工事により再び自然は失われていき、海外では「グリーンインフラ」への転換が進んでいる中、被災海岸に姿を現したのは「グレーインフラ」でした。

防潮堤の建設には、賛否両方の意見があります。防潮堤に守られた町があることも事実、それが過信となり多くの方が命を失った町があることも事実。
また、大船渡市吉浜のように、明治29年、昭和8年の大津波を経験し、集落全体の高地移転とその教訓を今に守り伝えたことで、最小限の被害で抑えられた地域もあります。岩手県大槌町赤浜は、既存の防潮堤より高くせず、吉浜のような住民の高台移転を選択した地域のひとつです。

「復興」とはなにか、何をもって「復興」を言えるのか、ということを検証できるのは、これからです。被災地から届く「もっと知ってほしい、そして、同じ轍を踏んでほしくない」という思い…その思いに真摯に向き合い、ともに歩むことが、これから私たちにできることだと考えます。

(2019年3月11日現在)

※写真は、2019/3/10-11開催 3.11SAPPORO SYMPO「9年目の3.11」会場モニターで流れる「今を伝える写真展」より抜粋